巨大市場に食い込もうと世界の企業が激しくぶつかる中国。そこで「○○ラーメン」ブランドを引っ提げ、○○○○(熊本市)は、わずかX年余りで店舗を一つからXXXにまで広げた。
中国に進出したのはXXXX年。しかし北京の第一号店は採算に合わず失敗した。国営企業などと共同出資した会社だった。○○○○社長(XX)は「味を現地人の好みに合わせすぎた。経営の主導権もなかった」と振り返る。
「味を変えない」。○○社長はこの時の教訓を心に刻み、成長の転機とした。
一度は挫折したが、XX年には○○の“味”にほれ込んだ中国の貿易会社社長らと、「○○○○」の前身となる現地法人を設立。今度は熊本で培った味にこだわった。
事前に試食販売を重ね「めんの弾力とつるつる感は中国にない」との手応えを得た。日本と同じ製めん機を現地に据え付け、スープは輸出。いつもの味をそのまま再現した。
○○産業の売上高は直営店と、めん・スープの原料販売収入などで約XX億円。海外チェーン店を含めると約XXX億円に膨らむ。欧州進出も間近で、さらなる規模拡大をうかがう。
○○社長は「店舗拡大のピッチに比べて、サービスなどが十分追いついていない面がある。人材育成を進め、世界基準のラーメンをつくりたい」。世界戦略に思いを巡らす。(○○○○)
熊本日日新聞社
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