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過去の教訓を世界に向けて生かしたいですね
世界的原発ブームのなか、9年前のあの事故を振り返る
2008年9月25日 (text by さ)
世界は原発ブーム

昨今の原油高に後押しされ、世界各国では原子力発電所の建設ブームだそうだ。

『エコノミスト』2008年6月24日号によると、世界の原発は運転中が439基、建設中36基、計画中は93基あるという。

アメリカは、原油の中東依存からの脱却を目指し、1979年のスリーマイル島原発事故以来の消極的路線を変更し、推進路線に切り替えた。

もともと原油等の天然資源が豊富な中東諸国も、原油価格の高騰から輸出増による外貨獲得のため、国内のエネルギー需要を原油以外のエネルギーでまかなう方向に転じた。

旧ソ連のチェルノブイリ原発事故以来、やはり消極的だったヨーロッパ諸国も、二酸化炭素排出量が少ない「クリーン」なエネルギー志向により徐々に原発推進路線に切り替わりつつある。

その他、中国やブラジル・インドなど、経済の発展によるエネルギー需要の高まりから原発の建設を推進する国もある。

日本でも、現在2基が建設中、11基が計画中とある。すでに55基が稼動しており、国内の総電力中の約3割を担っている。

アメリカ・フランスに次ぐ「原発大国」である日本で暮らす上で、私たちには何が必要だろうか?

ちょうど9年前の9月30日に起こった、今ではもう過去の事件として忘れられかけているあの事故のことを、少し振り返ってみたいと思う。

1999年、東海村の臨界事故

まずは事故の概要を新聞・雑誌記事横断検索で調べてみる。

1999年9月30日午前10時半ごろ、茨城県の東海村の核燃料加工会社ジェー・シー・オー東海事業所で、国内初の「臨界事故」が発生、三十万人以上の住民が避難や屋内退避をする事態となった。

事故が起こったのは、発電所ではなく、高速増殖炉で使用する燃料を作る過程であったという。

この事故で、従業員と付近住民が年間許容量を超える放射線に被爆した。また、大量の放射線を浴びた作業員三人のうち二人がのちに死亡するという、日本国内の原子力産業史上最悪と言われる被害をもたらした。

臨界とは?

新聞・雑誌記事横断検索で調べたところ、臨界とは「核物質の濃度が高まって連鎖的に核分裂反応が進む状態」とある。通常原子炉の中で管理された状態でのみ起こるべきことが、この事故では、通常の試験棟の中で発生した。

高濃縮のウランを直接ふたの開いた容器にバケツで注ぎ込む作業をしていた二名の作業員は、約18シーベルトという、広島の原爆に匹敵する量の放射線を直接浴びた。また、別室で作業をしていたもう一人が約10シーベルトの放射線を浴びた。

事故の原因は、当初「作業員のミス」とされていたが、後に、作業を簡略化するための「裏マニュアル」が存在したこと、当の作業員に十分な教育がなされていなかったことが判明した。

地域住民の避難と行政の対応は?

9月30日付配信の共同通信の記事によると、10時35分の事故発生から3分後、現場から2キロの地点で通常の約10倍の放射線量を観測している。

その後、東海村が防災無線で外に出ないよう呼びかけたのが2時間後の12時30分。小渕首相(当時)へ事故の一方が伝わったのもこの時刻。

15時、村長が半径三百五十メートル内の三十九世帯、約百二十人の住民に避難を要請している。

同日夜の敷地内の放射線レベルは通常の二万倍を超え、臨界状態がとまらずに続いていることが確認された。10月1日9時20分にようやく臨界状態終息が宣言され、14時30分に、10キロ圏内の屋内避難が解除された。

ここで気になったのは、住民への通知が事故の2時間後に出されている点だ。
放射性物質が拡散する前にできるだけ遠くへ逃げたいはずだが、あまりに遅くはないだろうか。また、首相に伝達されるまでに同じ時間がかかっていたという点にも、首を傾げざるを得ない。改善はされているのだろうが、再びこのような事故が身近で起こった場合、同じような対応にならないとは限らない。

原発大国で生きてくために

当時の新聞記事を読むと、放射性物質が漏れ出す事故が起こったときにどう対応すべきかの具体的な知識が周辺の住民に浸透していたとは言いがたいようだ。

現に、地域差はあるだろうが、日々生活している中で、地震対策の情報は簡単に手に入るが、原発事故の対応に関する情報に触れる機会はあまりに少ないと感じる。

原発についての具体的な情報(基礎知識から危険性まで)と、万一のときに危険を避け得る手段についての情報を、もっと開示して欲しいとおもう。
また、人任せではなく、自ら積極的に正しい知識・情報を探して身につけなければと思う。

普段から関心を持つことにより、万一のときの不安や事故による風評被害などが軽減でき、国の原子力政策を、もっと関心を持って見守ることができるのではないか。

二人の犠牲者を出したこの事故が、風化せずにさまざまな面で教訓として生かされることを願う。

関連情報サイト
関連記事情報(for G-Searchデータベース)
2008.09.07 地方版/石川 25頁 写図有 (全643字)
1999.10.02 東京夕刊 1頁 1面 (全1,578字)
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