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誰がハニカミ王子と呼んだのか?
2007年6月28日 (text by 呉)

ハニカミ

今年5月に行われた男子プロゴルフツアー、マンシングウェアKSBカップ(岡山)でハニカミ王子こと石川遼選手が優勝した。

15歳245日の若さでの優勝は、昭和52年日本オープンでのセベ・バレステロスの最年少優勝記録(20歳225日)を大幅に塗り替え、世界主要ツアーでも最年少優勝者となった。また、男子ツアーでのアマチュア優勝としても1980年中四国オープンの倉本昌弘以来27年ぶり2人目の快挙で、現在、ハンカチ王子こと斎藤祐樹投手(早稲田大学)と並んで最も注目を集める若手スポーツ選手の一人である。

今回は、優勝から1ヶ月以上たった今でも連日のようにマスコミで取り上げられている石川選手をG-Searchの新聞・雑誌記事横断検索で追ってみた。

記事数の変遷

まずは「石川遼 AND ゴルフ」で検索してみると、本日(6月26日)現在851件の記事がヒットした。

そのうち68件が優勝前の記事、783件が優勝の記事と優勝後の記事であることから、優勝を境に記事が激増したことがわかる。

優勝した5月20日の記事は24件で、共同通信が優勝の記事を当日に速報として伝えている他は、前日のトーナメント2日目の結果を伝える記事である。いずれも記事も見出しに「石川遼」の文字は無く、記事の後半で石川選手が23位タイにつけ、予選突破したことを驚くべきニュースとして伝えている。

また、優勝前の記事が68件あることにも驚かされる。最も古い記事は2002年の共同通信で、JJGAジュニアゴルフ、11歳以下の部で優勝した速報記事である。さらに、2004年には読売新聞にスーパー・キッズとして紹介され、「夢は(米国の)マスターズ制覇」と答えている。

その後、中学生になってからも全国中学校選手権優勝を初め、中学生大会で常に上位レベルを誇る実績で度々紙面に登場していることから、以前より注目される存在であったことが伺える。

ハニカミ王子の由来

しかし「ハニカミ王子」で検索してみると、一番古い記事でも優勝から2日経った5月22日のスポーツ報知の記事が1件あるのみである。翌23日に5件、24日に9件、25日に11件と増え、「ハニカミ王子」という言葉がジワジワと浸透していくのがわかる。それでは一体、ハニカミ王子とは何時、何処で、誰が言い出したのであろうか?

答えは、「ハニカミ王子 AND 命名」で検索した結果の東京新聞から判明した。

ハニカミ王子の命名者は、石川選手が優勝した大会を実況した瀬戸内海放送の多賀公人アナウンサー。放送終了直前に「東児が丘(マリンヒルズゴルフクラブ=岡山県)の王子は笑顔がすてきなハニカミ王子でもあったのです」としゃべったことに由来しているそうだが、ハニカミ王子と呼んだのはこの一回だけだったそうである。

また、別の記事によると、命名者の多賀アナウンサーは「ティーグラウンドに立った時のキリっとした風格、深々とこうべを垂れて歓声に応える姿、奥ゆかしい笑顔に、王子にふさわしい品格を感じた」。つまり、顔がかわいいといった表面的なものではなく、真剣勝負の舞台で見せた強さと気品が「王子」だったのだが・・・、と恐縮しているという。

一日にして男子ゴルフ界の救世主として注目されるようになった石川選手。その期待の大きさからブームはしばらく続きそうであるが、ブームをプレッシャーと感じず順調にステップアップして、今後も末永く新聞や雑誌に取り上げられる存在であって欲しいものだ。

関連情報サイト
関連記事情報(for G-Searchデータベース)
2007.05.20 毎日新聞 大阪朝刊 18頁 運動面 (全1,338字)
2007.05.21 毎日新聞 東京朝刊 2頁 二面 写図有 (全748字) 
2007.06.19 日刊スポーツ 東京日刊 (全302字)
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