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チョコレートが名物に?
いつの間にか東京名物。手作りチョコレート専門店の進出
2005年2月10日 (text by や)

チョコちょこ・・・

豆まきに恵方巻きで賑わった節分シーズンが過ぎると、今度は2月14日のバレンタインデーが待っている。テレビ番組にも毎年恒例のバレンタイン特集が目立ち、街中のディスプレイや特売コーナーもバレンタインモードに切り替わったようだ。

バレンタインといえばプレゼントの品となるチョコレート。特に海外産の高級チョコレートが人気なのだが、東京がこの数年間で世界でも有数な手作りチョコレートの販売都市として人気を集めている事をご存知だろうか?

なんと「ショコラティエ」と呼ばれる海外の有名手作りチョコレート職人や専門店の相次ぐ東京出店により、東京は世界でも有数の手作りチョコレート販売の街となっていたのだ。今回は、これらチョコレート専門店の東京進出について「新聞・雑誌記事横断検索」で調べてみた。

ジャン=ポール・エヴァンの出店によりブーム定着

東京へのショコラティエ進出の先駆者となるのが、98年にパリから出店をした「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」だ。ラ・メゾン・デュ・ショコラはパリを代表するチョコレート専門店。商品は週1回パリから空輸し、製造後8日間しか店舗に並べないという方法で従来のチョコレートとは大きく異なる高級商品として販売した。

これが20代〜30代の女性を中心にヒットし、その後も次々と世界の有名ショコラティエが東京に出店する事となる。

このブームを決定づけたのが01年に銀座に出店し、世界にある同店の店舗で唯一カフェを併設した事が評判となった「ピエールマルコリーニ」。そして02年に伊勢丹新宿店に出店した「ジャン=ポール・エヴァン」である。

なかでもジャン=ポール・エヴァンの出店は当時から大きな話題となり、各ショコラティエの名前で検索をすると、他のショコラティエと比べても記事のヒット件数が多い。

それらの記事によると、当初ジャン=ポール・エヴァンでは「品質管理の問題よりパリから離れた場所では出店しない」と、出店の要望をしていた伊勢丹側からの提案を拒みつづけていた。

それに対し伊勢丹は、店内とケース内の厳密な温度管理のために専用の重いガラス扉を設置し、照明も暗くするなど、デパートとしては通常考えられない条件を提示することで説得に成功。ジャン=ポール・エヴァンにとって初の海外出店を東京でする事になったという。

その結果、今では伊勢丹のジャン=ポール・エヴァンは1日3千個ものチョコレートが売れる大人気というから驚きである。

明治製菓の専門店「チョコレートカフェ」が登場

このような海外チョコレート店の進出が進む中、日本のチョコレート店でも進んだ動きがあった。04年12月に「100%チョコレートカフェ」なる世界でも初めてとなるチョコレートをテーマとしたカフェがオープンしたのだ。

これをオープンさせたのはチョコレート販売で有名な明治製菓。京橋にある同社の本社ビル1階を利用してオープン。チョコレートにこだわった、力の入った店舗となっている。

同社がこのカフェを通じ目指しているのは、チョコレートの「おいしさ」と「楽しさ」の提案だという。当然それを裏付ける工夫が店内には数多く施されている。例えばカフェの内装は天井が板チョコをモチーフしたデザインであったり、フードメニューすべてにチョコを使っている等、店内中がチョコレートに対するこだわりにあふれているのだ。

また、この店の最大の売りである、二十二種類のカカオ豆を使った五十六種類のチョコレートライブラリーでは、様々なチョコレートに加え、文献を元に作られた中世アステカ時代のチョコレートや明治製菓往年のコレクションなども揃い見ていても飽きない。当然56種類のチョコレート全てが販売されているのだが、価格も2つで350円程度と控えめで嬉しい。

こうしたこだわりから「100%」と銘打たれたチョコレートカフェ。チョコレートファンならずとも注目したい店だが、こうした自社製品に対するこだわりからカフェまで出店してしまう明治製菓の取り組みは今後のさらなる成長を予感させて頼もしく、新製品の登場が楽しみとなってきた。

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2004.12.22 日本食糧新聞 (全534字) ※本文50円
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