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2004年9月16日更新

徳島県名物の「阿波踊り」が首都圏展開している理由は?

徳島名物のお祭りといえば「阿波踊り」だ。ところが徳島名物のはずだった阿波踊りが全国各地で開催され、それぞれ地域恒例のお祭りとして定着している。

特に首都圏では徳島に次ぐ開催規模を誇る高円寺をはじめ、三鷹、小金井など20を超える地域で開催され、集客数にいたっては高円寺で120万人を超すなど本場・徳島の阿波踊りに匹敵する規模になりつつある。

阿波じゃないのに阿波踊りを踊りまくる。この現象はいつから何故始まったのか?
新聞・雑誌記事横断検索 から調べてみた。

まず首都圏で開催される阿波踊りの数について調べると、大小含め20以上の地区で行われていることが判った(以下参照)。

※首都圏開催の阿波踊り

    高円寺阿波おどり  (杉並区)
    大塚阿波踊り    (豊島区)
    神楽坂まつり    (新宿区)
    かせい阿波おどり  (中野区)
    板橋阿波踊り    (板橋区)
    成増阿波踊り    (板橋区)
    中村橋阿波踊り   (練馬区)
    きたまち阿波おどり (練馬区)
    三軒茶屋阿波踊り  (世田谷区)
    しもきた阿波おどり (世田谷区)
    経堂まつり     (世田谷区)
    品川納涼祭     (品川区)
    後地阿波踊り    (品川区)
    中目黒夏まつり   (目黒区)
    初台阿波おどり   (渋谷区)
    糀谷阿波踊り    (大田区)
    久米川阿波踊り   (東村山市)
    小金井阿波踊り   (小金井市)
    三鷹阿波踊り    (三鷹市)
    吉祥寺阿波踊り   (武蔵野市)
    みんなの夏祭り   (東久留米市)
    西東京サマーフェスタ(田無市)

これによると阿波踊りが特に中央線沿線にて多く開催されており、最大規模の高円寺をはじめ吉祥寺、三鷹、小金井と数駅おきに連なって開催されている事がわかる(この理由については後程紹介)。

首都圏での阿波踊り開催の記事を見ると、開催規模としては高円寺が最大級。99年の情報によると徳島で約130万人規模だったのに対し高円寺では約120万人規模。いかに首都圏での阿波踊りが定着したかを伺える数字だ。


●首都圏版阿波踊りの発祥の地「高円寺」

そもそも徳島から阿波踊りを持ってきたのも高円寺が最初。始まったのは昭和32年まで遡る。そこで 新聞・雑誌記事横断検索 のキーワードを 「阿波踊り AND 高円寺 AND 昭和32年」 と設定。首都圏で最初の阿波踊りが高円寺で行われた様子を調べてみた。

それによると、

高円寺阿波踊りは、高円寺商店街の振興と駅側にある氷川神社の祭礼の奉納のために始まった。企画は現在の高円寺南商店街振興組合に設立された青年部によって行われ、当初はおみこしなどが企画されていたが青年会の若いメンバーは平凡な祭りを拒絶。他のアイデアが検討された。

高円寺には道路幅の狭い商店街が連なる一方、祭りが出来るほどの大きな広場がない。そこで狭い道路を練り歩ける行進踊りを検討。隣駅の阿佐ヶ谷で仙台名物の「七夕祭り」を開催していた事から、こちらは「南国ムードで」と阿波踊りをすることになったという。

とはいえ、当初の阿波踊りは青年会のメンバー32名で行われ、観客は3千人といったこじんまりとしたもの。おまけにメンバーは誰も正確な阿波踊りを知らず”阿波踊りスタイル”の踊りとなり「高円寺ばか踊り」というキャッチフレーズが付けられていたという。

さらにお囃子をチンドン屋さんに依頼したのだが、なんとここで演奏されたのが「佐渡おけさ」。なんともちぐはぐな祭りだったようだ。


●本場との交流により本格化

このように商店街の振興という現代的な目的を持って始まった高円寺阿波踊りだが、今では本場徳島の阿波踊りにも負けない勢いを持っている。その裏には、長年にわたる努力があったのだ。

上で検索した記事情報から開始当初の阿波踊りを調べると、いま一つ盛り上がらない高円寺ばか踊りに一時期は祭りの中止も検討されたという。しかし開催から4年後の36年に転機がやってきた。

「祭りを発展させるなら徳島の人に踊りを教えてもらわないと」。青年会のメンバーだった森田昇栄さんは東京にある徳島関連の事務所を尋ねて回り、「徳島新聞」の東京支社で記者をする谷田匡さんの協力を得る事に成功。江東区木場にある徳島県出身者による「木場連」に指導をしてもらう事となったのだ。

森田さんはじめとした若者が木場に通い、基礎からの厳しい指導を受け、それから4年後、見られる姿となった祭りを谷さんが撮影。「江戸ッ子の阿波おどり 杉並の人気さらう」として、高円寺の阿波踊りを知らしめるきっかけとなる記事が作られたのだ。


●高円寺を見習い各地に伝承

ところで、首都圏で行われるのは佐渡おけさでもねぶた祭りでも無く、何故阿波踊りなのか?

「東日本における阿波踊りの新展開」などの論文を発表している女子栄養大学・松平誠教授は、「阿波踊りには固定した型も、特別な道具立てもない。道が狭ければ狭いように、踊り手が多ければ多いように、鳴り物が少なければ少ないように…どのようにでも、街の顔に合わせた展開を図ることができる」と、都心で開催する祭りとして、阿波踊りの持つ融通性を指摘している。

さらに東京方面で盛んになったのは、高円寺が他の地域の商店街に熱心に指導をした功績が大きい。上で紹介したとおり、中央線沿線で阿波踊りが盛んな事にはそうした理由があるのだ。

逆に大阪などの関西地方で阿波踊りが根付かない理由について、松平教授は「都市祭礼の発祥地というプライドの高さから、他地方の祭りを持ち込むことに抵抗がある風土だからでは。地方からの移住者の多い東京近郊では、こだわりがないぶん異文化を受け入れやすい。」と分析している。

「商店街の売り上げが落ち込む八月の集客策」という現代的な首都圏での阿波踊り。伝統芸能としての祭りとは発生プロセスからして根本的に違い、将来の祭りがどのように変容するか不安ではあるが、阿波踊りらしく融通を利かせてとりあえず踊らなくては損なのだ。

※次回更新日は、9月24日(金)の予定です。 バックナンバーを見る トップにもどる
このコラムについて

これは何踊り?




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[なんだか変!]東京ウオッチング 東京の阿波踊り /東京
毎日新聞記事情報 1998.08.04 地方版/東京 写図有 (全1615字)

東京の町おこし 大成功 高円寺の阿波踊り、35年目 3日間で100万人
毎日新聞記事情報 1991.08.29 日刊スポーツ 23頁 写有 (全1394字)

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