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2004年9月10日更新

懐かしくリニューアル!?新生「花やしき」登場

日本最古の遊園地。それが浅草にある「花やしき」だ。
花やしきが作られたのは1853年(嘉永6年)なんと江戸時代という事になる。

もちろん当時には遊園地というものは存在せず、菊を中心とした花園として開園したのが起源となる。明治時期に遊具や見世物を取り入れはじめ、遊園地としては戦後にオープン。1953年に日本初のローラーコースターを導入し日本の遊園地の草分け的存在となった。

新聞記事から戦後の花やしきを取り巻く環境を調べてみると、現在名誉園長をされており花やしきの名物園長として著名な高井さんのコメントが多く見つかる。

それによると、人々が娯楽に飢えていた戦後。荒川園のメリーゴーランドに人々が先を争って集まった様子を見て、高井さんは人々にとって娯楽がどれだけ大切かを実感。遊園地によって人々に笑顔を取り戻す決意をしたという。

このように歴史ある花やしきは、近年も堅実な経営を行っており各地の遊園地が経営難に陥る中、高井さんの方針により「浅草らしさ」や「懐かしさ」を売りに営業。2002年には来場者40万人を突破するなど順調な売り上げを記録していた。

ところが150年の歴史を誇る花やしきがピンチをむかえていた。
経営会社が約82億円の負債をかかえ会社更生法の適用をうけることとなったのだ。


●花やしきの破綻と再生

花やしきが会社更生法を受けるまでにはどんな背景があったのか?
新聞・雑誌記事横断検索を用いて調べてみた。

キーワードを 「花やしき AND 会社更生法」 として検索すると約50件の記事がヒットした。

記事によると、

花やしきの経営会社はバブル時期に東京ディズニーランドや富士急ハイランドへの大型アトラクション製造・提供を行っていた。これがバブル崩壊により破綻、採算割れの受注を繰り返すなど経営悪化し、収支の改善ができず大手銀行から債権譲渡をうけたRCCが会社更生法の適用を申請する事となった。

とは言っても花やしきの売り上げは安定しており、なによりも浅草の目玉として存在している。それだけに存続を求める声は強く、結局は20社以上の企業が存続にあたってのスポンサーとして名乗りをあげ、最終的には地元企業でもあるバンダイの子会社バンプレストがスポンサーとなった。

バンプレストというと、アンパンマンやワンピース、ガンダムといったキャラクターグッズ販売で有名な会社。「下町情緒」を売りとする花やしきとは一見相容れないようにも見える。

実際バンプレストはスポンサーとして名乗りをあげた当初、「自社のキャラクターを生かして花やしきの盛り返しを図る」といったキャラクターを重視した遊園地構想を持っていたようだ。

しかし地元浅草商店街は「花やしきは浅草の心。全く新しい物となれば浅草のイメージを損なう」と、地元と共存できる形での再建を強く要望。5千人以上の署名を集めるに至った。

その結果もあってか、再オープンにあたりバンプレストが発表した再建プランは、レトロ感を前面に打ち出したものとなっている。

新聞・雑誌記事横断検索でバンプレスト参入による花やしき運営方針を調べると、次の施策案が見つかった。

1)外壁と多目的ビル「アーナンダビル」改装。江戸風の佇まいに変える。
2)園のミュージアム化を検討。古今東西のアンティークおもちゃを展示する。
3)海外サーカス団によるショーを予定。

どれも今までの花やしきが持つ特色を引き継いだもので、9月中にも白壁に瓦葺屋根といった江戸的様相に変える予定の他、長期的には周辺住宅も巻き込んだ、町ぐるみでの「江戸的」な雰囲気作りに取り組むという。

こうした町ぐるみでの活動自体が浅草の下町らしさを出している様で面白く、バブル時期の画一的なアミューズメント施設の乱開発が破綻した今日に、地域と密着した浅草と花やしきの取り組みがどのような成果を結ぶか注目したい。

※次回更新日は、9月16日(木)の予定です。 バックナンバーを見る トップにもどる
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遊園地「浅草花やしき」、きょうから営業開始−−新運営主体で /東京
毎日新聞記事情報 2004.09.04 地方版/東京 23頁 (全584字)

[特集ワイド2]今週の「異議あり!」「遊園地」斜陽化論=高井初恵さん
毎日新聞記事情報 2002.05.02 東京夕刊 3頁 総合 写図有 (全2197字)

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