トップ > G-Search "side B" > 旬の話題
旬の話題
2004年9月2日更新

アテネオリンピックの気になる「アレ」を調べる

とうとう閉幕したアテネオリンピック。日本人選手の大活躍が日夜伝えられた今回の大会だが、今更ながら気になる疑問が残ったりする。こうした疑問を「新聞・雑誌記事横断検索」を使い調べてみた。


●アテネオリンピックの公式マスコットって何?

ロサンゼルス五輪のイーグル・サム(ワシ)。斬新なデザインで印象深いバルセロナ五輪のコビー(犬)など、オリンピックを盛り上げるのに欠かせないのがマスコットキャラクターだ。

ではアテネ五輪のマスコットは何だろうか?
意外とこの疑問に答えられる人は少ない。

アテネ五輪のマスコットはギリシャ神話をモチーフとした「アテネ」と「フィボス」。デザイン化するにあたり古代の土人形をモチーフとしており、他の五輪マスコットと比べると華が無い感がある。

しかもアテネ五輪の公式グッズは、現地の五輪組織委員会と日本オリンピック委員会とのライセンス契約が合意に至らず、五輪開催直前まで日本国内では販売することができなかった。これが知名度を落としさらに販売商機を逃した形となった。

過去の五輪マスコットには、デザインをウォルト・ディズニー・プロに委嘱しアニメ化までしたロス五輪のイーグル・サムなど(このアニメは日本でも放映され、ジャニーズのイーグルスが主題歌まで歌い大人気となっている)力の入ったものが多く、オリンピックビジネスの目玉としても活躍している。

これらと比べると、アテネ五輪でのマスコットビジネスは成功したとはいえないようだ。

■   ■   ■

五輪マスコットの起源は1968年のメキシコ大会が最初と言われている。マスコットはジャガーをモチーフとした物だが名称が無く、この頃は公式マスコットという意識は無かったようだ。

五輪マスコットが公式マスコットとして活躍するのは1972年のミュンヘン五輪から。ここではダックスフントのワルディが登場した。この後マスコットは定着。大会が開催される国や地方になじみが深い動物が擬人化されている。

アテネではモチーフが動物でなくギリシャ神話がモチーフとなっているが、動物以外のキャラクターがマスコットとして登場するのは稀なケースで、アトランタ五輪の「謎の生き物」以来となる。

 ※過去の五輪マスコット達

開催年・開催地 マスコット、名前
1968年 メキシコシティー五輪 マスコット : ジャガー
1972年 ミュンヘン五輪 マスコット : ダックスフンド犬
名前 : Waldi
1976年 モントリオール五輪 マスコット : ビーバー
名前 : Amik
1980年 モスクワ五輪 マスコット : 熊の子供
名前 : Mikhail Potapych Toptygin(Misha)
1984年 ロスアンゼルス五輪 マスコット : :鷲
名前 : Sam
1988年 ソウル五輪 マスコット : 虎の子供
名前 : Hodori、Hosuni
1992年 バルセロナ五輪 マスコット : 犬
名前 : Cobi
1996年 アトランタ五輪 マスコット : 謎の生物
名前 : What is it?(Izzy)
2000年 シドニー五輪 マスコット : ワライカワセミ、カモノハシ、ハリモグラ
名前 : Olly、Syd、Millie
2004年 アテネ五輪 マスコット : 神様
名前 : Athena、Phevos


●メダルを噛むのはなぜ?

メダリスト達の写真撮影などでよく見るポーズにメダルを噛む姿がある。
彼等は何故メダルを噛むのだろうか?

新聞・雑誌記事横断検索で調べてみると予想外の珍回答が見つかった。

1998年の朝日新聞記事に掲載されたチチ松村さんの記事に、チチさんと中島らもさんがパーソナリティをする深夜ラジオに「どうして金メダルを取った人はメダルを歯でかじるのですか?」という質問が寄せられた事が書かれていた。

それに対し中島らもさんが「子供のころよく食べた金メダルの形をしたチョコレートを思い出しているから」と即答。

チョコレート製じゃなくて本当に金なのか確かめている、というわけだ。なるほど。

また別の記事では、シドニー五輪でソフトボールの伊藤選手が獲得した銀メダルについて紹介。かじられすぎたようで端がさび始めているという。次回こそ錆びる事の無い金メダルを獲得し思う存分かじってもらいたい。


●名物?オリンピックおじさん

日本人選手が活躍する競技で客席の応援団が写されると、羽織袴に金のシルクハットをかぶり小旗を振って日本選手団を応援するおじさんが目に飛び込む。通称「オリンピックおじさん」、自称「国際五輪応援団長」の山田直稔さんだ。

山田さんは東京オリンピックからアテネまで、40年もの間欠かさずオリンピックの応援に参加しており、いまや国内外の五輪名物となっている。

その活動内容を新聞・雑誌記事横断検索で調べてみた。

それによると、山田さんの活動は完全にボランティア。テレビでよく見かける日本国旗の小旗は山田さんの自腹で、その他に万国の人に応援をして欲しいと30ヶ国語で「こんにちは」とかかれた応援パンフレットや、お土産として日本の古切手と5円玉を5,000セットは用意するという。

これらを周りの人間に国籍構わず配り即席応援団を作り上げてしまうのだが、1大会にかかる出費はなんと1000万円以上という。

今回検索した記事には1992年のバルセロナ五輪での山田さんの活躍について書かれている記事もあり、それを読むと活動内容は現在とほぼ同じ。当時から1000万円以上の費用をかけて五輪を応援していたことがわかる。

アテネ五輪は終わってしまったが次回はご近所の北京開催である。あわよくば国際五輪応援団の仲間入りをするなど、こうした小ネタを意識しつつ五輪観戦をすると楽しさが増すかもしれない。

※次回更新日は、9月9日(木)の予定です。 バックナンバーを見る トップにもどる
このコラムについて

次のマスコットは・・・




関連記事リンク

[YOU館]迫る五輪、緩む財布 アテネ「商」算あり
毎日新聞記事情報 2004.06.01 東京夕刊 1頁 1面 (全1147字)

[特集WORLD]アテネ五輪 サポーターも本番モード入り
毎日新聞記事情報 2004.07.26 東京夕刊 2頁 総合 写図有 (全2613字)

山田直稔さん 8大会連続出場の日の丸応援団 世界各地でパフォーマンス
日刊スポーツ記事情報 1992.06.17 日刊スポーツ 8頁 写有 (全1634字)

G-Search
株式会社ジー・サーチ